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379. 宇佐晋一先生の訃報にふれて

[2025.07.04]

 いつも送っていただいている、「三省会」(注)の会報に、長年、京都市の「三聖病院」(2014年閉院)にて森田療法に携われてきた、宇佐晋一先生が6月5日に逝去されたと載せられていました。宇佐先生は4月初めに体調を崩され、入院治療を受けておられたとのことでした1)。享年98。

(注)「三省会」:三聖病院にて宇佐先生のもとで治療を受けられていた神経症患者(ここでは「修養生」と呼ぶ)を中心に結成された会。詳細は119話参照。

 宇佐晋一先生は、お父様・玄雄先生の跡を継がれ、1959年に三聖病院の院長になられました。以後半世紀以上にわたり森田療法に尽力されてきました。三聖病院閉院後も、修養生を中心に結成された「三省会」の例会に出られ、ご指導を続けられていたと伺っております。
 私がほぼ毎年参加する日本森田療法学会の会場では、よく宇佐先生のお姿を拝見しておりました。とても温厚な語り口で、質疑応答の時間では積極的に発言されていたのを覚えております。

 宇佐先生にまつわる、忘れられないエピソードがあります。2019年の浜松市での日本森田療法学会(74話)で、私が一般演題で発表したときのことです。引きこもりがちな神経症患者の青年に対して森田療法を施行した結果、初詣に行けるようになるなど行動範囲が広がったという症例報告をいたしました(患者さんのプライバシー保護に鑑み、経過の一部を改変しております)。質疑応答の時間で、宇佐先生が手を上げられました。「結構なご発表でした。この患者が初詣へ行ったことについてどう思われますか?」と質問されました。私は「森田療法を用いた結果、初詣へ行けるようになったのでよい経過だと感じました」とお答えしました。それに対し宇佐先生は「私はこの92年間初詣なんていったことがない」とおっしゃいました。会場からは失笑の声が上がりました。正直私も困惑してしまいつつも、「貴重なご意見ありがとうございます」と述べさせていただきました。それから数年後、宇佐先生のご著書2)を拝読していたところ、偶然にも私が発表したときのエピソードに関する記事を見つけました。少し長いのですが引用させていただきます。

 令和元(二〇一九)年十月の日本森田療法学会で、ある発表者が引きこもった青年を治療して(中略)症例について報告し、「正月に初詣に行った」ことを経過中の特別の行為として述べた。それに対し私が「初詣をどう評価しているか」と質問したところ、やはり肯定的に見ているとのことであった。しかし精神療法の目的である自己中心性の打破からすれば初詣ほど目的に反した行為はないのである。
 三聖病院の責任者であった時、正月になると、さも良いことをしたというふうに初詣をしたと日記に書く人が多かった。それについて講和で「初詣をしているようでは治りませんよ」と注意しても、その真意はなかなか分かってもらえなかった。不老長寿、無病息災、家内安全、受験成就など願わぬものはないにもかかわらず、それらは皆むき出しの自己中心性そのものであったことに気がつきにくい。その念の入った工夫や対策の努力を仕事より優先させてとらわれてしまうのが神経症性障害にほかならないのである。私は「森田療法の家に生まれてこの方、九十二年間一度も初詣をしたことがない」と付け加えた。

 こちらを拝読し、宇佐先生の真意を理解したのでした。

 「第2世代」「第3世代」といった、森田療法の原法に近い構えで診療に当たられた森田療法家で、ご健在の先生は残念なことに少なくなりました。そこに、宇佐晋一先生の訃報・・・大変寂しい気持ちであります。

 心から哀悼の意を表します。合掌。

1) 三省会報 第157号 2025年7月13日発行
2) 宇佐玄雄、宇佐晋一:あるがままの生活―講和集―.秀和システム,東京,2020.(該当の記事は314ページです)

 

 

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