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400. 山形新幹線と私 前篇

[2025.11.28]

 いつも当院ブログをお読みいただきありがとうございます。
 週1回のペースで更新してきたこちらのブログは、今回400話に達しました。
 400というと、私は、400系新幹線車両をすぐに思い浮かべます。


かつて山形新幹線を走った、400系車両。

400系は、国内初の「ミニ新幹線」用車両であり、主に山形新幹線「つばさ」として運行されました。私は16年間山形県に住んでいたこともあり、山形新幹線にはかなりの頻度で乗車しました。
 今回は「山形新幹線と私」というタイトルでお話しいたします。

初めての山形新幹線

 初めて山形新幹線に乗車したのは、山形大学の受験の時です。宇都宮から山形まで乗車しました。山形新幹線400系はシルバーメタリックのボディが特徴。当時とすればとても斬新なデザインに思えました。宇都宮を出ると、あっという間に郡山、福島へ。スピードの速さに驚きました。しかし、福島を出ると一気にスピードが下がります。新幹線といえども踏切も登場します。そのギャップが面白いと感じました。山形新幹線は、在来線のレールを改軌し、新幹線と在来線を直通運転できるようにした「ミニ新幹線」方式で、正式な新幹線でないことをあとになって知ったのでした。
 山形大学の試験は、特に数学が難しく、1問がどうしても解けず、白紙で提出してしまいました。これまで理数系はかなりの自信があっただけにショックでした。「これはおそらく落ちただろう」と落ち込みながら、帰りの新幹線に乗車したのでした。
 合格発表の日、山形大学から郵便が届きました。合格者の受験番号リストです。中を開いたところ、なんと私の受験番号が記載されていました。浪人を覚悟していただけに、とても喜びました。

山形大学へ

 山形大学入学にあたり、両親からの命令によりオンボロ学生寮に入れられました(319話)。実家を離れ、山形へ向かう際ももちろん山形新幹線に乗りました。また入学後、夏休みや冬休みなどの長期休みの際には山形新幹線を使って栃木県南部の実家まで帰省しました。当初私はよく自由席を利用していました。しかしながら山形新幹線の車両は通常の新幹線に比べて車体が小さいため座席数が少なく、自由席の座席数は限られたものでした。とある日、実家から山形に戻る際に、宇都宮から山形新幹線「つばさ」に乗車したところ、自由席の車両が非常に混雑しており、デッキでも多くの立ち客がいました。山形までの2時間、立ちっぱなしで座れることはありませんでした。非常に疲れました。この反省を生かし、以後は指定席を利用するようになりました。

(注)2022年より、山形新幹線「つばさ」は全車指定席となり、自由席はなくなりました。

 2年次になり、医学部のキャンパスに移行すると、寮を出てアパートでの生活を始めました。医学部のカリキュラムのハードさもあり、徐々に強迫観念や強迫行為が強くなりました。自宅のガス栓や施錠の確認の繰り返しで長い時間を費やすようになり、大学の授業では赤面恐怖や雑念恐怖に悩むようになりました。そのようなしんどい状況の中、大学の講義で森田療法を知り、それがきっかけで回復していったのは、過去のブログ記事で書いた通りです(49話など)。それとちょうど同じ時期に、鉄道写真が新たな趣味となりました。とはいえ、一眼レフなど高価なカメラは所持しておらず、非常に安物のコンパクトカメラを使用しました。当時デジカメは普及していませんでしたので、フィルムのカメラでした。大学の休みのときは、自転車で沿線まで移動し、山形新幹線つばさ号の車両を撮影しました。フィルムを使い切ると、近くのカメラ屋へ行って現像してもらいました。写真が出来上がるまでのわくわく感がたまりませんでした。それこそデジカメにない魅力です。このような趣味も、森田のいう「生の欲望」の発揮であり、強迫からの回復の後押しになったものと思います。


学生時代に撮影した400系の写真。安物のカメラのためシャッター速度が遅く、若干ブレがあるが、それなりにうまく撮れたと思う。

山形新幹線新庄延伸

 1999年12月、山形新幹線は、山形県最上地方の新庄まで延伸されました。早速新庄まで行きました。山形からは普通列車で新庄まで移動し、帰りは新庄から新幹線を使いました。そこで乗車したのは、新庄延伸にあわせてデビューした新型車両E3系1000番台でした。この新型車両は2編成しかないうえに400系との共通運用であり、運転する時間帯はその日によってバラバラでした。初めて新庄から乗った新幹線車両が、運よく新型車両だったことから、非常に喜んだのを覚えています。以後も、山形新幹線に乗るときに「新型と従来の400系のどちらの車両が来るのか」わくわくしたものです。


新庄駅にて。山形新幹線新庄延伸にあわせて導入されたE3系1000番台。1999年12月撮影。写真にうつっているお子さんも今は20代後半~30代になっているのだろうな。

~後篇に続きます~

 

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