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どくとるあるぱかのブログ

64. 治安維持法 vs 生の欲望(2019.08.02更新)

 森田療法の創始者・森田正馬先生の晩年は、思想統制の厳しい時代でした。

 当時は治安維持法により、皇室を否定するような思想は取り締まりの対象とされていました。また、軍国主義の世の中であり、学校では「お国(天皇)のために、命を捨てる」ことが素晴らしいことと教育されていたそうです。一方、命を惜しむようなことはもってのほかとされていました。

 このような社会情勢の中、森田先生は、人間が抱く不安や「死の恐怖」は自然な感情であるとし、その裏には、よりよく生きたい!という欲望、すなわち「生の欲望」があると主張されました(33話「『ゾンビランドサガ』と『生の欲望』」参照)。

 この「生の欲望」論は、治安維持法に反するものとされ、森田先生は監視の対象とされました。

 森田先生の代表的な出版物に「生の欲望」があります。これは、先生が明治・大正のころから折に触れて書き留めておいた随筆と、昭和5年創刊の「神経質」雑誌に掲載されたコラムを1冊の本にまとめたものです。こちらは現代でも読むことができます。森田正馬全集第七巻にて原文が収録されており、また白揚社からは水谷啓二氏により現代語風に編集されたダイジェスト版が出版されています。この書籍には、森田先生の本音が出ているために、当局から厳しい検閲に遭ってきたました。先生は検閲で認められなかったページを白紙で出版し、抗議の姿勢を示されました。

 また、森田先生がご意見番を務められた座談会「形外会」では、警察官が同席していました。森田先生を監視するためです。
 この座談会で先生が危うく逮捕されそうになったことがありました。岸見勇美氏の著書「森田正馬 癒しの人生」にその場面が述べられています。やや長いのですが、引用します。

 

 あるとき正馬が例によって「生の欲望」論を述べた。
 「人はすべからく生の欲望に従って生きて行かねばならない、人はだれでも死ぬのは怖い、死にたくないのが人間の自然な心である」

 「弁士注意!」
 同席した警察官が叫んだ。
 「この中で一人でも死ぬのが怖くない、と思う人はいますか?いたら手を上げてください」
 「弁士警告!」
 警察官が顔を真っ赤にして言った。だが正馬は動じなかった。
 「だれも手を上げないところを見ると、やはり死ぬのが怖い、生きたいのです」
 「弁士中止!解散!」
 警官がサーベル(中略)をガチャツかせて、正馬に走りよった。
 形外会は騒然となった。正馬が治安維持法違反の現行犯で逮捕されるのである。

 しかし幸いなことに、形外会の出席者には軍関係者、警視庁技師、警視がいました。森田先生の身代わりに弟子の井上常七氏が出頭することで事態は収拾されたそうです。

 

 森田先生が独自の神経症の治療法を確立されてから100年経ちました。この令和の時代でも、森田療法は神経症に悩む人々に対する処方せんとして大いに役に立っています。これも、森田先生が当局からマークされながらも、森田療法の神髄である「生の欲望」論を貫かれたからこそ、といっても過言ではないでしょう。

 

【引用文献】

・第3回心の健康セミナーin高知(2015.12.06) 伊丹仁朗先生講演会レジュメ

・岸見勇美:森田正馬癒しの人生.春萠社, 東京, 2002.

・森田正馬著、高良武久 編集代表:森田正馬全集第七巻. 白揚社,東京, 1975.

・森田正馬著、水谷啓二 編:新版 生の欲望 あなたの生き方が見えてくる. 白揚社,東京,2007 

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