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56. カルバマゼピンと音程変化

[2019.06.07]

 カルバマゼピン(商品名「テグレトール」)という抗てんかん薬があります。これは、てんかんの治療のみならず、躁うつ病の躁状態や統合失調症の興奮状態に対しても処方される薬です。また、三叉神経痛にも適応とされ、慢性疼痛にも使われることがあります。

 カルバマゼピンは上記の治療において有用とされる薬です。ただ一方で副作用もあります。重大な副作用に、再生不良性貧血、白血球減少、無顆粒球症などの血液障害、中毒性表皮壊死融解症(TEN)、皮膚粘膜眼症候群などの皮膚障害があり、この薬が処方された際にはこれらの副作用に注意が必要です。その他にも、SLE(全身性エリテマトーデス)様症状、肝機能障害、間質性肺炎など、様々な副作用が知られています。

 ところで、この薬の意外な副作用に「音程の変化」というものがあります。今回はこれがテーマです。

 実をいうと、私はかつてこの薬を服用し、「音程の変化」を経験いたしました。私がとある大学病院で研修医をしていたときのお話です。先輩医師が薬理学関連の研究をされることとなり、私が被検者としてその研究に参加することになりました。その研究の過程で、1週間カルバマゼピンを服用するよう命じられました。
 その薬を服用してから、おかしな感覚に襲われました。関連病院への出張で新幹線に乗った際、車内で流れる案内放送のチャイムの音程が、いつもと比べ低く感じられたのです。最初は、「JRがチャイムの音程を変えたのかな?」と思ったのですが、そうではありませんでした。新幹線だけでなく他の場面でも、よく聞く音楽(例:TVのニュースで流れるテーマ曲)がいつもよりも「半音低い」ことに気づきました。この薬を服用していた時期は、違和感だらけの日常生活で、怖い思いもしました。幸い、先輩の研究が無事終了し、薬を中止してから数日で、通常の音程に戻りました。

 これは稀な副作用ですが、決して無視はできないものと考えます。殊に音楽の専門家で、絶対音感を必要とする職業の方にとってはたいへん苦痛な副作用になりうるからです。

 余談ですが、カルバマゼピンには代謝酵素を誘導する(増やす)働きがあり、一緒に飲んでいる薬の血中濃度を下げる恐れがあります。他に服用している薬が効きにくくなってしまうということです。実際にこの薬剤の添付文書には、併用注意の薬が数多く載せられています。このような理由で私はカルバマゼピンの処方はかなり慎重にしています。

 

 

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