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アルコール依存症の基礎知識

アルコール依存症は、「アルコールの依存性により、コントロールがつかない飲み方となり、その結果身体的、精神的、社会的な問題が生じる病気です。

 

*アルコールは「依存性」をもった、合法のドラッグ!

わが国はアルコールに寛容であると言われます。近年ではさすがに酒の自動販売機は激減し、未成年者への酒類の販売が厳しく規制されるようになりましたが、それでもスーパー、コンビニなどでいつでも買うことができます。しかも街中やテレビではお酒の広告、CMであふれています。このような先進国は他にはないとのことです。

このようにわが国では容易にアルコール飲料を入手できますが、実は、アルコールは「依存性」を持った薬物なのです。

アルコールには精神的依存身体的依存の2つの依存性を持っています。

精神的依存とは、その薬物を摂取しなくなった場合、不安、いらいら、憂うつなど精神的に不安定になり、気持ちの安定化をはかるため再びその薬物を使わざるを得ない状況に陥ることです。この依存は、アルコール以外では覚せい剤、大麻、ヘロインなどの違法薬物に有するのはもちろんのこと、抗不安薬、睡眠薬などの処方薬、鎮咳薬、鎮痛薬などの市販薬、そしてニコチンにも存在します。物質だけではありません。ギャンブル、買い物、インターネットゲームなどの行為にも精神的依存があり、それらの依存により日常生活に著しく支障をきたすケースもあります。

一方、身体的依存とは、その薬物が体内から抜けると、発汗、手の震え、けいれん発作などの身体症状が出現し、それを抑えるために再び薬物を摂取してしまう依存のことです。この身体症状は「離脱症状」と言われ、本人にとって大変苦しいものです。本人は薬物を再び取り入れればこの症状が抑えられることを身体で学習しています。これによりますますその薬物を手放すことができなくなるのです。

 

*アルコールの「耐性」とは?

簡単に言えば、お酒に強くなることです。皆さんも初めてお酒を飲んだ時は、少しの量で酔っぱらったことでしょう。しかし、だんだんと飲み続けているうちに、些細な量では酔わなくなります。これは耐性がついたからです。

人が失業、失恋、自然災害など、辛い状況に置かれると、それを癒すためにアルコールを口にするケースもあります。確かにある程度の量を飲酒すれば気持ちがほぐれるのですが、連続でアルコールを摂取してしまうと、いつもの量では酔わなくなります。そのうち、気持ちが楽になるまでに必要なお酒の量が増えてしまいます。これは「耐性」の仕業なのです。また、眠れないからとお酒に頼ってしまうと、眠るまでに必要なお酒の量が次第に増えていくことになります(なお、アルコールは睡眠の質を悪くしますので、睡眠薬代わりにはなりません)。このような理由で私は患者さんに対し、お酒を気分安定剤や睡眠薬の代わりには使わないでほしいと厳重に注意しています

耐性がつくということは、アルコール依存症に近づく恐れがあるということであり、医学的には喜ばしいことではありません。かなりの耐性がついた人から「少しのお酒は水みたいだ」と語られるのを耳にしますし、最重度のアルコール依存症の当事者からは、数リットルの焼酎のボトルを数日で空にしてしまう話をよく聞きます。

 

*飲酒のコントロール障害

アルコール依存症ではない人の場合、お酒を飲む量や時間をコントロールすることができます。例えば、大切な会議の前日はお酒を少量にとどめておくことができますし、乗用車の運転中はお酒を飲まないようにすることもできます。その一方で忘年会では酔いつぶれるまで飲むということもあるでしょう。しかしアルコール依存症の当事者の場合、お酒の量や飲む時間をコントロールできなくなります。これをコントロール障害と呼びます。例えば、今日は日本酒を2合でとどめておこうと思っても、いざお酒を口にしてしまうと、身体が満足するまで飲酒をやめることができなくなります。飲酒のブレーキが壊れてしまっているということです。アルコール依存症が進行すると、仕事や家事の最中でも、本人の頭は「お酒が欲しくて仕方がない!」という欲求(渇望)でいっぱいになります。それに負けてしまい、つい日中でもアルコールを口にしてしまいます。重症例では、仕事や家事などもできなくなり、飲酒しているか寝ているかのどちらかのみ、という状況になります(連続飲酒)。

コントロール障害の影響で、飲酒のTPOも守れなくなります。大切な会議の直前で飲酒してしまい、酔っぱらったまま会議に臨む恐れがありますし、車の運転中にもつい飲酒してしまい、飲酒運転で検挙される話も耳にします。まわりからは、「大切な会議にもかかわらず飲酒に走った」「運転中に飲酒なんてけしからん」などと苦言を呈せられ、ますます当事者は辛い立場になります。当事者自身も大切な場面や時間では飲酒してはならないことを重々に分かっているはずです。しかしそれでも飲まずにはいられなくなるのは、このコントロール障害という立派な病気の症状のせいだからなのです。

 

*様々な飲酒問題

飲酒のコントロールがつかなくなると、日常生活において様々な問題が生じます。

まずは健康上の問題です。飲酒で肝臓が悪くなるというのは極めて有名な話ですが、飲酒による健康問題はアルコール肝炎や肝硬変だけではありません。その他にも、中枢神経、末梢神経、心臓、骨、筋肉、消化管など様々な臓器がお酒によりダメージを受けます。中枢神経系の疾患は深刻です。一度その病気になると、元の健康な状態には二度と戻れなくなり、生涯介護が必要になる恐れもあります。アルコールによる臓器障害を下の図にまとめました。

精神的な影響では、うつ状態、幻覚妄想状態、睡眠障害などが良く知られています。また、アルコールは自殺のリスクを高めます。

社会生活でも問題が生じます。お酒ばかりの生活になってしまうと、とても仕事どころではありません。たとえ仕事ができたとしても、職場でトラブルが続出してしまいます。家庭では、父や夫(母や妻)としての役割を果たすことができません。家族サービスどころではありませんし、お子様への愛情も注ぐことができません。それどころかご家族も本人の飲酒問題に振り回されます。アルコール依存症はご家族にも深刻な影響を与えます(よって、アルコール依存症の医療ではご家族へのフォローも大切です)。

刑事的にも様々な問題が生じます。飲酒に関連した事件事故は報道でよく取り上げられます。飲酒運転は厳罰化によりいくらかは減少傾向ですが、撲滅には程遠い状況です。金銭的にも困窮します。飲酒が原因で仕事を失い収入が途絶えるだけでなく、所持金の大半が飲酒のために使われてしまうからです。

アルコール依存症の当事者は飲酒により上記の様々な問題を抱えてしまいます。しかしそれでも彼らは飲酒をやめることができません。周りから「お酒をやめないなんて意志が弱い」とか「これだけ問題があるのだから、お酒はほどほどにすべきだ」と指摘されてしまいます。しかし、「(様々な問題について)わかっちゃいるけど、(飲酒を)やめられないのも病気の症状です。よって当事者にとって必要なのは、アルコールの専門医療機関での治療です。本人への懲罰やバッシングだけでは決して彼らは回復できません。

 

*アルコール依存症の診断基準

世界保健機関(WHO)が公表するICD-10の診断基準、アメリカ精神医学会が発行するDSM-5の診断基準を示します。なお、DSM-5は「アルコール使用障害」という疾患名を用いています。これは依存症と乱用を「使用障害」としてひとまとめにしたからです。

いずれも要点として、(1)コントロール障害、(2)社会的問題、(3)有害な飲酒、(4)耐性・離脱症状があげられます。

 

 

*アルコール依存症の治療について

アルコール依存症の治療は大きく2つに分かれます。(1)アルコールの離脱症状を抑え、できるだけ安全に体内からアルコールを抜く治療(解毒治療)、(2)アルコール依存症の本態を学び、お酒のない生活を維持していく治療(心理教育、断酒継続)です。

(1)解毒治療

これまでコントロールのきかない飲酒をしていた人が、急激にお酒を飲まなくなると、様々な離脱症状が出現します。よく見られる症状は、発汗、手指の震え、不眠、不安感などです。場合によっては、怖い幻覚やけいれん発作が出ることもあります。せん妄という一種の意識障害を起こすこともあり(これを振戦せん妄と言います)、最悪死亡することもあります。

これらの離脱症状を未然に防ぐため、向精神薬を使って治療を行ないます。ただ、あまりにも身体状態が悪い場合、振戦せん妄が出現している(もしくは出現する可能性が高い)場合など在宅での治療が難しいケースでは入院治療をお勧めすることがあります。

(2)断酒のための治療(心理教育など)

残念ながら、現代医学では飲酒のコントロール障害は治療できません。よって、治療を受ければ、再びほどほどに酒を飲めるわけではありません。コントロール障害は一生涯続くことになります。

ただし、お酒のない新しい生き方を獲得することで、回復することはできます。このようにお酒を生涯断つことを「断酒」と呼びます。医療機関では、アルコール依存症の当事者が断酒を継続できるようお手伝いをしていきます。よって、本人の高い治療意欲が必要です。

断酒するためには、まずはアルコール依存症についての正しい知識を身に着けることが必要になってきます。そしてお酒に頼らない新しい生活を目指していくことになります。断酒を補助的に助けてくれるお薬も有用です(後述)。ただ一人での断酒は極めて困難が予想されるため、自助グループ(断酒会、AAなど)への参加もお勧めしたいところです。なお、外来通院ではなかなか断酒が困難な場合には、専門の医療機関に入院したうえで一定のプログラムを受ける方法もあります(ただ、入院プログラムを持つ医療機関は少ないのが現状です)。

 

 

*アルコール依存症での薬物療法について

残念ながら、アルコール依存症を直接治療する薬は存在しません。しかし、断酒継続の補助になる薬剤はあります。

従来より断酒の補助として「抗酒薬」が使われてきました。わが国では2種類あり、粉末のノックビンと液体のシアナマイドがあります。あらかじめその薬を服用し、それに万一お酒を摂取した場合、極めて苦しい症状(心悸亢進、発汗、顔面紅潮、嘔気、めまいなど)が出現してしまいます(最悪死亡することがあります)。これだけお酒を飲んで苦しい思いをするのなら、酒を口にするのはやめよう、と心理的にブレーキをかけることが期待できます。ただし、飲酒したい気持ちを抑える効果はありません。これはあくまでも本人が断酒を継続しようという意志のもとで服用する薬です。ご家族がこの薬を隠し持って、本人の食物に混ぜるということは、断じてあってはなりません。なお、重篤な心疾患、肝疾患、腎疾患、呼吸器疾患、妊娠中の人には禁忌です。

最近、断酒継続を助ける新しい薬が登場しました。アカンプロサート(レグテクト)です。これはお酒を飲みたいという気持ちを抑え、断酒率を向上させることが期待できる薬です。ただ、この薬の添付文書に「心理社会的治療と併用」することと明記されています。

また、2019年には減酒をサポートする薬、ナルメフェン(セリンクロ)が発売されました(減酒の考え方につきましては、ブログ143話をご覧ください)。ただこの薬は、厚生労働省で定められた施設基準を満たした医療機関のみ処方できます。よって処方できる医師や医療機関は限定されるということです。なお、当院では2023年10月に処方可能となりました。

その他、断酒により出現する精神症状(抑うつ症状、不眠、幻覚妄想など)に対して、適宜向精神薬(抗うつ薬、抗精神病薬、睡眠薬など)を処方する場合があります。

 

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