メニュー

143. 断酒か節酒か

[2021.01.29]

 昨年1月(注:コロナ禍の前のお話です!)、「関東甲信越アルコール関連問題学会 横浜大会」に参加した際、「ハームリダクションとは何か」というシンポジウムに足を運びました。ここでは、最近のアルコール依存症の治療では「節酒」を目標にする場合があるということが話題に上がりました。それに対しアルコール依存症の当事者家族から、「これまで節酒で(当事者自身が)失敗してきた。やはり断酒にすべきだ」という意見も聞かれました。断酒か節酒かで盛んにディスカッションがなされたのを覚えています。
 10年位前までは、アルコール依存症の治療では「断酒しないとダメ」ということが強調されてきました。私も、かつて勤務していたX病院(141話参照)では、患者さんに「断酒が必要!節酒では絶対ダメ!」ということを何度も申し上げてきたものです。
 アルコール依存症の症状の一つに、「飲酒のコントロール障害」があります。自分の意志で飲酒量や飲酒の時間をコントロールすることが不可能になってしまうという病態です。その結果、飲酒のTPOが守れなくなり、絶対に飲酒してはいけない場面(例:自動車運転中、大事なお仕事の前)でも酒を飲んでしまうという事態にもなります。このように、飲酒を制限することができない病状なのですから、アルコール依存症の患者さんに「酒を減らすように」など「節酒」を指示することはかつては不適切な対応とされ、「とにかく断酒!酒は一滴でも飲んではダメ!」と指導することが当然とされていました。断酒の治療を受け入れられない患者さんは、「治療意欲がない」「否認が強い」とみなされて治療から排除されました。そしてお酒による失敗を重ねて「底つき体験」をして、断酒の必要性を感じてから医療機関を受診しなさい、と言われてきました。
 しかしながら、この方法はたいへん危険ではないかということが近年論じられるようになりました。患者さんが底をついて、断酒の必要性を感じるに至ったころには、すでに取り返しのつかない状態にまで悪化していたケースも少なくありませんでしたから。
 そこで最近では「ハームリダクション」という概念が登場しました。これはもともと、違法薬物乱用者への対策としてヨーロッパで考え出されたものです。違法薬物の使用がどうしてもやめられない場合、次善策として「(HIV感染予防の為)注射針の使いまわしをやめる」「薬物の使用量や使用頻度を少なくする」など実現可能な部分から対策を立てていき、害(ハーム)を減らしていこう(リダクション)ということが趣旨です1)
 アルコール医療でも「ハームリダクション」の概念が導入されつつあります。もし患者さんが「断酒」を受け入れられないなら、まずは「節酒」「減酒」を目標にして害を少なくするという治療戦略も普及されつつあります。
 なお、一昨年には、「節酒」をサポートする治療薬、ナルメフェン(商品名:セリンクロ)がわが国で発売されました。ただしこの薬剤は、厚生労働省から提示された、処方可能な医師、施設の基準があまりにも厳しすぎるという問題点があります。このため、現時点で当院では処方することができません(注)。早期の規制緩和を切に願っております。

(注)2023年10月、当院でもナルメフェンが処方可能となりました(2023/10/07補足)

【参考文献】
1) 倉持 穣:クリニックで診るアルコール依存症 減酒外来・断酒外来.星和書店,東京,2019.

 

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME