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103. ブルックナーの「改訂癖」

[2020.05.01]

 先日久しぶりにNHK-FMを聴いてみたところ、ブルックナーの交響曲第8番の演奏が放送されていました。ブルックナーの壮大で深い印象の曲に思わず耳を傾けてしまいました。ブルックナーの曲は長くて分かりにくい!と批判される方もいらっしゃるようですけれども、私はブルックナーの曲が好きで、ブルックナーの交響曲のCDを多く所有しています。
 アントン・ブルックナー(1824-1896)は、オーストリア生まれ。長らくオルガン弾きや学校の教師をしていた彼は、ベートーヴェンやワグナーの音楽にあこがれ、交響曲を書き始めました1)。このとき39歳2)。他の著名な作曲家に比べ、かなり遅い出発です。それから、30余年にかけて、交響曲1~9番の他、「交響曲ヘ短調」「交響曲第0番」を加え、計11曲の交響曲を手がけました(交響曲第9番は未完)。1時間以上かけて演奏される交響曲が多く、1曲聴くだけでもかなりお腹いっぱいになります。

 これだけ多くの大曲を書いてきたブルックナーは、実は気弱1)で、優柔不断3)4)な性格だったといわれます。その性格ゆえ、いったん書き上げた曲を書き直すということを延々と繰り返してきたそうです1)。ベートーヴェンやマーラーも曲を書き上げたのちに、何らかの機会に修正を加えたことがあったと言われていますが、ブルックナーの場合はかなり極端で、病的なレベルだったといわれています4)

 かつて聴きに行った、山形交響楽団の定期演奏会で、指揮者の飯森範親さんは、次のようなことを語られたのを覚えています。

 演奏会の後、曲のとある箇所が良くなかったという話を聞くと、ブルックナーはひどく落ち込み、その箇所を修正してしまう。また、別の演奏会で、別の箇所について批判を受け、また落ち込み、そこを修正する。それを繰り返してきたのです。

 このようなブルックナーの「改訂癖」が災いして、決定稿が出ないまま、ブルックナーは亡くなってしまいました。結果、同じ曲でも様々な版が出来上がってしまい、混乱に陥ることになりました。それを、弟子のロベルト・ハースやレオポルト・ノヴァークといった学者たちが、改訂作業を進め、ブルックナーが真に意図したであろうと思われる、「原典版」を作りました。ただ、これらは1つにまとまることがなく、「ハース版」「ノヴァーク版」と記されるのが慣例になっています3)
 彼の病的ともいえる「改訂癖」は、一見厄介なように思えますけれども、それを裏返せば、ブルックナーはそれだけより良い曲を作りたい!という「生の欲望」が強かったのかもしれません。

 現在、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、不要不急の外出の自粛が呼びかけられています。例年のゴールデンウィークでは、私は鉄道旅行やドライブなどの趣味を楽しむことが多いですけれども、今年は自粛します。よってこの連休はブルックナーの大曲を聴きながら「ステイホーム」で過ごしたいと思います。

 

【文献】
1) 吉松隆:夢みるクラシック 交響曲入門.筑摩書房,東京,2006.
2) 平野昭:ブルックナー 交響曲全集 エリアフ・インバル指揮,フランクフルト放送交響楽団のCDのリーフレット.2010.
3) 長谷川勉:ブルックナー 交響曲第7番ホ長調(ハース版)飯森範親指揮,山形交響楽団のCDのリーフレット.2013. 
4) 平林直哉:ブルックナー 交響曲第9番ニ短調(原典版)朝比奈隆指揮、東京交響楽団のCDのリーフレット.2001.

 

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