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121. 不眠に対する森田療法的生活指導 後篇

[2020.09.04]

(注)こちらに掲げる不眠に対する生活指導は、前回説明した「神経生理性不眠症」の患者さんに対して施行するものです。一方、不眠の中には、精神疾患(うつ病、統合失調症など)や器質的疾患などがベースとなったものがあります。この場合は、もともとの疾患の治療をしっかり行う必要があります。特にうつ病や統合失調症などの急性期の方に対しては、森田療法的な生活指導は安易に行なってはなりません。

 前回「精神交互作用」の説明により不眠への恐怖にとらわれるメカニズムを理解するだけでも、悪循環の打破につながる場合があります。それに加えて、次のような生活指導を行なうことがよくあります。

・睡眠は、脳の自然の生理。生きていくために必要なだけは必ず眠るもの1)。眠る努力、工夫はやめて、横になっていればそれでよいのです。
 まずこれが基本中の基本のアドバイスです。不眠の恐怖にとらわれている方は、何とかして意図的に眠ろうとあがくことで、ますます眠れない感じが強まります。睡眠は生理現象で自然にとるものであり、自力でとれるものではありません。眠れないと感じても、就寝時間になったら横になって呼吸を整えればよいのです。眠る努力や工夫は一切不要です。横になっていればそれなりに疲れはとれるものです。逆に眠れないからと言って、途中で起きてテレビやスマホを見たり読書をしたりすると、かえって目がさえてしまい、逆効果です。

・ご自身は「眠れない!」と強く訴えていますが、実際には必要なだけ眠っていると思いますよ。
 森田正馬先生やその弟子の高良武久先生の文献によく載せられている事柄です。高良先生のご著書「森田療法のすすめ」2)には、高良先生の教室の遠藤四郎先生による研究が紹介されています。神経生理性不眠症患者が寝ている間、脳波、眼球の動きなどで睡眠持続時間、深浅度を測った結果、本人の訴える睡眠時間よりも客観的に測定した時間の方がはるかに長かったことが証明されたそうです。この研究の通り、「眠れない!」と強く訴える患者さんも、実際にはそれなりに眠っていることがよくあります。眠っているときには意識がないので、寝ていることに気づかないのです。

・眠れないと感じても、日中は必要な活動をすること。
 眠れない感じがあると、疲労感やだるさを強く覚え、活動したくなくなります。しかし、だからと言って何もしないでゴロゴロすると、「今晩は眠れるだろうか・・・」という予期不安に執着するなど、ますます不眠へのとらわれが強まります。しかも活動しなくなると眠れなくなるのは当然です。獨協医科大学病院埼玉医療センターの井原裕先生(68話など)は、「活動なくして睡眠なし」3)という言葉を使われます。もちろん、眠れなかったという理由で仕事を休むのは論外です。

・眠れるか眠れないかが生活上そんなに重要でしょうか?それよりももっと重要なことはたくさんあるのではないでしょうか?
 「神経生理性不眠症」の患者さんは、「不眠さえなければ何でもできるのに」という考えに視野狭窄してしまいがちです。眠れるか眠れないかが生活上一番の問題事項となってしまっています。しかし、日常生活において、睡眠のことよりももっと大切なことはたくさんあるのではないでしょうか? ご家族にきちんと美味しい料理が作れたかどうかとか、仕事がきちんとこなせたかどうかとか、趣味のジョギングで何キロ走れたとか、より建設的なことで一喜一憂すべきです。

 なお、森田先生や高良先生らは「眠れなくても死ぬことは決してない」というコメントを良く述べられていたそうです。しかし私はその言葉はあまり用いることはありません。最近では「不眠による生活習慣病などのリスク」に関する研究が出てきているからです。とはいえ、「眠れないと大きな病気になるのでは」という恐怖にとらわれている患者さんに対しては、次のようなことを申し上げることはあります。「『不眠で生活習慣病などになるリスクがある』という研究は確かにあります。しかしこれは研究にすぎませんから、実際これが本当かどうかはよくわかりません。このような不眠のリスクにこだわるよりも、健康的な生活を心がけたほうがずっと有意義ではないでしょうか?」

 

【引用文献】
1) 青木薫久:《新装版》なんでも気になる心配性をなおす本 よくわかる森田療法・森田理論.KKベストセラーズ,東京,1999.
2) 高良武久:森田療法のすすめ〔新版〕.白揚社,東京,2000.
3) 井原裕:うつの常識、実は非常識.ディスカヴァー・トゥエンティワン,東京,2016.

 

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