78. 子どもの脳を傷つける親たち
先日、第122回日本小児精神神経学会(於:福井市)に参加いたしました(スケジュールの都合で、第2日目のみの参加でした)。
第2日目の最初のプログラム、大会長・友田明美先生(福井大学子どものこころの発達研究センター 教授)による会長講演が、とても分かりやすく、インパクトの大きいものでした。
親からの虐待により、その子どもが非行に走りやすくなったり、アルコールや違法薬物に依存したり、そして自己肯定感の低さから抑うつ状態になったり自傷行為を起こしたりすることは、よく知られていることです。これは、子どもの成長時期に極度のストレスを感じると、発達途中のデリケートな脳が変形してしまい、その結果脳の機能にも影響が及んでしまうことから生じるといわれています。近年ではそのことが脳科学的な研究により視覚的に検証することが可能になってきました。ただこれは、虐待に限ったことではありません。虐待とまでいかなくとも、親からの養育が不適切な場合にも、子どもの脳に影響を及ぼすことがわかってきました。子どものこころと身体の健全な成長・発達を阻む養育のことを、「マルトリートメント(maltreatment)」(日本語訳「不適切な養育」)と呼んでいます。「虐待」という言葉は強烈な印象を与え、「自分や家族の問題に当てはまらない」と思われてしまいがちになることから、友田先生は「マルトリートメント」という言葉が日本で広く認知されてほしい、と述べておられます。
具体的な研究結果について示します(ここではほんの一部のみ提示いたします)。小さいころに厳格な体罰を受けた人のグループはそうでないグループに比べ、「前頭前野」と呼ばれる脳の部位の容積が小さかったとする研究結果があります(前頭前野とは、感情コントロールや行動制御力にかかわる部位と言われています)。親からの暴言を受けたグループではそうでないグループに比べ、「聴覚野」が大きいということもわかりました(神経細胞の信号を伝達する部位である「シナプス」が、暴言を受けた人では適度に剪定されないため、人の話を聞くときに余計な負荷がかかり、その結果情緒不安を起こす恐れがあると解釈されます)。そして、親から直接暴言を受けなくとも、両親間のDVを頻繁に目撃した子どもの脳にも影響を及ぼすとのことです。なんと、両親間の身体的DVを見るよりも言葉の暴力を聞いたケースのほうが、脳へのダメージが大きかったという研究結果を伺い、大変驚愕いたしました。
ただ、親ばかりを責めるわけにはいきません。マルトリートメントは、子育ての困難さから生じるもので、ある意味、親からのSOSともいえます。この対策として、両親だけで子育てを抱え込むのではなく、周囲の大人(祖父母、親戚、保育園の保育士、学童保育など)が共同で子育てをしていく「とも育て」が大切であると友田先生は述べられました。
いずれにせよ、小児精神科領域では、患児だけでなく、その保護者へのフォローも大切であることを、あらためてこの学会で学んだのでした。
【引用文献】
友田明美:子どもの脳を傷つける親たち. NHK出版, 東京, 2017.
友田明美:親の脳を癒やせば子どもの脳は変わる. NHK出版, 東京, 2019.
【補足】今回のブログのタイトルはかなり悩みました。「マルトリートメントによる子どもへの脳の影響」をまず考えましたけれども、それでは長すぎるし、そもそも「マルトリートメント」という言葉自体もまだ普及していないため、わかりにくいのではと感じました。「福井の学会へ行ってきた」「第122回小児精神神経学会」も考えましたが、これらも漠然としてよくわかりません。さんざん悩んだ結果、友田先生のご著書のタイトルをそのまま使わせていただきました。