31. 気分本位と目的本位
高良武久(こうら たけひさ)先生(1899-1996)は、森田正馬先生の後継者として、森田療法の発展に貢献されました。新宿区に森田療法の入院施設「高良興生院」を開設され、神経症患者の治療にあたられました。
その高良興生院でのエピソードで有名なものに「竹買いの話」があります。まずはそれを紹介いたします。
不安神経症の患者が、ある日、竹を買ってくるよう指示されました。その患者は外出し、竹を買い、無事帰院します。その日の患者の日記に「竹を買ってきた。不安が出なくて良かった。竹買い成功である」と書きました。
そこで、たいていの人は、「不安や症状が出なかったから、良かったんじゃないか」と思うことでしょう。しかし、高良先生は違いました。先生はその患者に対し烈火のごとく怒ったのです。
「不安が出るか出ないかは関係ない!むしろ良い竹を安い値段で買うことが大切なのだ!不安がなくとも、悪い竹を高い値で買ってしまっては、失敗なのだ!」と。
気分などの良し悪しで物事を判断してしまうことを「気分本位」といいます。例えば、今日は憂うつだったから、不安や緊張が強かったからダメな1日だった、逆に気分が良かったからとか不安がなかったから良い1日だった、などと考えてしまう姿勢です。このように気分の良し悪しや症状の有る無しで一喜一憂してしまうと、より気分や症状にとらわれてしまい、「今日は気分が悪いから必要な行動をしたくない」などと回避行動に至る恐れがあります。
一方、気分や症状はどうであれ、必要な行動ができたかどうかで物事を判断することを「目的本位」といいます。いくら気分がすぐれなくても、必要な仕事が達成できればOK、逆にいくら気分が良好であったとしても仕事が成し遂げられなかったらNGという姿勢です。
先ほどの高良興生院でのエピソードでは、気分本位な構えでいた患者を高良先生がきつく叱りつけたわけなのです。
このように森田療法では、「目的本位」の構えを強く推奨しています。気分や不安は自然現象であり、コントロールできないものです。気分の良し悪しに一喜一憂していてはキリがありません。むしろ、気分はどうであれ、また不安や緊張がありながらも、目の前の必要な行動をしていくのが、森田的な考え方なのです。