153. OTC医薬品「ウット」の危険性
「ウット」は某製薬会社で販売されている鎮静剤(気分を落ち着かせる作用のある薬)です。これはOTC医薬品であり、ドラッグストア等で安易に購入することが可能です。パッケージにはパープル主体の癒し系のデザインが施されています。いかにも安全で気軽に服用できる薬というイメージを醸し出しています。実際に患者さんがこの薬を服用されていたというお話を時折伺います。
しかしながら、「ウット」には依存性があり、またこの薬の連用により重篤な神経・精神症状を呈したケースが報告されています。これらは、この薬の一成分である、ブロムワレリル尿素(ブロモバレリル尿素)が原因とされています2)-4)。
ブロムワレリル尿素は、実は我が国では処方薬としても用いられます。商品名は「ブロバリン」です。しかし私はブロバリンを一度も新規処方したことがありません。新人時代、先輩医師から「ブロバリンは危険だから絶対に処方するな」と口酸っぱく指導されてきましたから。なぜ、このような危険な成分の薬がドラッグストア等で販売されているのか、理解に苦しみます(ちなみに米国では、ブロムワレリル尿素を含む臭化物は医薬品としての販売が禁止されているそうです4))。
「ウット」の危険性について具体的に解説します。
・依存性
「ウット」には依存性があります。依存性とは、薬の効果を得るためにより多い量の薬を必要とし(耐性)、コントロールの利かない薬の使用となり(コントロール障害)、その薬をやめようとすると様々な離脱症状が出てしまう性質のことを言います。2つの症例を呈示します。
・「ウット」依存を呈した遷延性うつ病の一例。「ウット」を購入し連用していたところ徐々に効果が薄れてきたため、次第に服用量が増加、それを内服しないと落ち着かない、イライラするなどの症状が出現し、しまいには「ウット」を求めて各薬局を探し回った1)。
・長男と2人暮らしのシングルマザー。育児に時間を割かれ、自由に遊びに行けない苛立ちを紛らわすために「ウット」を服用。使用量は徐々に増え、その薬の購入費を工面するために高価な所持品を友人に売ったり質に入れたりするようになった2)。
・多彩な神経・精神症状
「ウット」に依存し、使用量が増えていった結果、様々な神経・精神症状を来した症例が報告されています2)-4)。その中から3例をピックアップします。
・ふらつき、呂律困難がひどくなり、救急車で搬送された患者。患者の話によると、不眠が続くため友人からもらった内服薬を常用していた。その薬が「ウット」であることが判明した4)。
・不眠、イライラ感に対し「ウット」を連用していた。てんかん発作を起こし救急搬送された患者。経過観察のため精神科の病棟に入院。入院2日目ころから多幸感、多弁傾向となり、6日目には「病室に猫がたくさんいる」と楽しそうに訴え、他の患者のベッドをギャッジアップするなどまとまりに欠ける言動が顕著となった。せん妄による行動異常と考えられたため、保護室への隔離を必要とした。入院の発端となったてんかん発作、激しい精神症状を伴うせん妄は、「ウット」を急激に中断したことによる離脱症状と考えられた2)。
・頭痛のために「ウット」を毎日服用するようになり、多いときで1日12錠服用していた。常用して2年、幻聴、幻覚が出現し、もうろう状態に。自宅のベランダから鉢を投げる異常行動、大声で意味不明な言葉を叫ぶようになったため、医療保護入院(いわゆる強制入院の一種)に。入院によりこれらの精神症状は消失したが、もうろう状態となっていた約半年間の出来事は想起できないままである(全健忘)3)。
なお、ブロムワレリル尿素を含むOTC医薬品は「ウット」の他に、「奥田脳神経薬」「ナロンエース」などがあります。いずれもパッケージには癒し系のデザインが施されており、いかにも気軽に使用できる薬と消費者は思ってしまいます。しかしながら「市販薬だから安全」というのは大きな誤りです。依存性のリスクがあり、時に重篤な症状を来すきっかけにもなるのです。
コロナ禍で不安、抑うつを来しやすいこのご時世です。眠れない、気分が沈んでいる、不安で仕方がないという場合は、安易にこれらの市販薬に頼ることはせず、精神科・心療内科への受診を強くお勧めいたします。
【引用文献】
1) 本田彰,山本克康,橋爪裕二,他:ウット(R)依存を呈した遷延性うつ病の一例.日本アルコール・薬物医学会雑誌 43:348-349, 2008.
2) 井上誠士郎:精神・神経症状を来したウット(R)依存の2症例.精神医学 43:1239-1243, 2001.
3) 土井斉,森岡洋史,福迫博,他:ウット(R)により神経・精神症状を呈した3症例.臨床精神医学 27(10):1275-1281, 1998.
4) 小林正宜:ブロム中毒、依存症.総合診療 29(2):135-139, 2019.