119. 症状に負ける
今回のタイトルをご覧になった読者さんの中には、「症状に負けない」の誤りでは?と思われる方もいらっしゃることでしょう。しかしながら、今回は「症状に負ける」が正当です。
京都市に近年まで「三聖病院」という入院森田療法の医療機関がありました。宇佐晋一先生が長年にわたり神経症患者(ここでは「修養生」と呼ぶ)に対し森田療法的なご指導をされてきた病院です。残念ながら三聖病院は数年前に閉院されてしまいましたけれども、宇佐先生のもとで治療を受けられた患者さんを中心に結成された「三省会」の例会が現在も定期的に開催されていると伺っております。
昨年浜松市で開催された「第37回日本森田療法学会」(74話)で、私は三省会の会員さんとお会いいたしました。その縁で、ありがたいことに、定期的に三省会の会報を送っていただけるようになりました。
前置きが長くなりましたけれども、その会報1)に「症状に負ける」という言葉がありました。耳鳴りや聴覚過敏などの症状に悩まれたAさんの体験発表です。ひどい耳鳴りに襲われ、耳鼻科を受診したものの、「治療法はないので我慢して慣れてください」と言われてしまったと。書店でたまたま森田療法にであい、三聖病院の宇佐先生のもとに通院を始められたそうです。そこで先生から「治すためのストーリーを作らない、耳鳴りをしっかり聞いて仕事をして症状に負けていなさい、そしてひたすら周りの人のお世話や仕事をしなさい」とコメントされたとのことでした。それ以降、Aさんは周りの人のためになる仕事に懸命に取り組まれているそうです。さらにAさんは、症状に負けるとは治す努力をやめることだとも述べられています。当初は耳鳴りを治すために何件も耳鼻科を回ったが、耳鼻科医から治療終了だといわれてしまった。それ以上治すことをやめた途端に仕事などいろいろなことに集中できるようになった、とのことでした。
原因不明の身体症状に悩み、それを治してもらおうと様々な医療機関をはしごされるケースは数多いです。このような受診行動により、その症状にとらわれ、当初はささやかだった症状が強く感じられ、更にそれをどうにかしようと医療機関を受診する、それでますます症状にとらわれる・・・という悪循環になってしまいます(これを森田療法では「精神交互作用」といいます。森田療法ページ参照)。一方で治療者サイドも、この症状を何とかして除去せんとして、際限なく薬剤を増やしてしまうこともよくあります。この治療者の姿勢も問題です。それにより患者も治療者もますます症状にとらわれてしまい、かえって逆効果になることになりかねませんから。
宇佐先生の「症状に負けて、周りの人のお世話や仕事をする」というご指導は、症状へのとらわれから解放させ、生活の幅を広げるための、とても有用なお言葉だと思っております。
(注)「症状に負けて、なすべきことをなす」指導は、いわゆる神経症の方々に対しとても有用な指導法と考えます。しかし、原因不明の身体症状に悩む病態として、鑑別すべき疾患は「うつ病」です。抑うつ気分、不安焦燥感に付随して身体症状が出現するうつ病のケースもよくあります。これらは明らかに病気の症状です。特にうつ病の極期では、患者さんに対して、「なすべきことをなす」よう促してはいけません。むしろ十分な休養と薬物療法が必要です2)。
【引用文献】
1) 三省会 編集・発行:三省会報 第138号. 2019.
2) 中村敬,北西憲二,丸山晋ら:外来森田療法のガイドライン.日本森田療法学会雑誌 20;91-103,2009.