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203. 「3.11」を忘れない

[2022.03.11]

 今日は3月11日。東日本大震災からちょうど11年です。
 149話で書いた通り、当時私は、山形県の日本海側の都市で勤務医をしていました。地震が発生したときは、これまで経験したことがない強くて長い揺れがありましたけれども、大きな被害はなく、停電も奇跡的に免れました。しかし、その後も余震が続いており、その日の夜は恐怖を覚え一睡もできませんでした。静寂の中で寝るのが怖くて、テレビ音声をつけっぱなしにしていました(夜間に緊急地震速報のアラームが頻回に鳴っており、ますます怖い思いをしました)。またその後もしばらくは、テレビの生中継で観た惨禍の映像の記憶が急によみがえって仕事が手につかなかったり、その映像が夢ででてしまったりしたことを覚えています。
 今回の記事を書くにあたり、当時に私が撮った写真をもう一度見ることにしました。まず、3月11日夕方に乗車する予定だった仙台行きの高速バスのチケット、その翌朝に乗る予定だった東北新幹線「はやぶさ」の切符などの写真が見つかりました。実は3月12日に、相模原市での「べてる」の講演会に参加する予定でした。そのついでに、デビューしたばかりの新幹線「はやぶさ」に乗りたいと思い、相模原へ向かう行程にこの列車の乗車を組み入れることにしました。具体的には、前日(11日)の夕方に仙台までバスで行って、仙台のホテルに泊まり、翌日早朝に「はやぶさ」で東京へ行くプランを立てたのです。しかし、仙台へ出発する数時間前に巨大地震が発生したため、この旅行は取りやめました。事前に購入していた切符類はすべて払い戻し手続きをしました。
 その他、東北電力や東京電力管内で電力需給がひっ迫した影響で、節電がなされた様子の写真なども見つかりました。これらの写真を記事の後に掲載いたします。
 149話で述べた被害地訪問は、新型コロナの影響で、ここ最近できていません。コロナが収束した暁にはぜひとも被災地へ行ってみたいと思いますけれども、それまではふるさと納税を利用して支援する方法も考えているところです。
 3.11は決して忘れないようにしたいものです。

<東日本大震災関連の写真>


3月11日の夕方に乗る予定だった高速バス(鶴岡→仙台)のチケット、その翌日に乗る予定だった「はやぶさ2号」の切符など。12日の「べてる」の講演会のあとは東京に泊まり、翌日(13日)山形市での研修に出席するプランだったため、上野→山形の新幹線特急券も買っていた。巨大地震の影響で鉄道やバスは全て運休になったため、切符はすべて払い戻し対象になった。


巨大地震から数時間後の鶴岡駅(山形県)。運休のため、電光掲示板の表示が消えている。


鶴岡駅の案内板。これも2011年3月11日撮影。

震災直後は燃料不足が深刻であり、ゴミ収集も制限された。2011年3月20日撮影。

とあるドラッグストアにて。2011年3月21日撮影。

私が非常勤医として勤務していた、総合病院のエレベータにあった貼り紙。2011年4月5日撮影。


2011年4月23日の羽田空港。節電のため、動く歩道は使用できなかった。
一方で、所用で訪れた京都では、電力事情は問題なかった。


所用で訪れた、三鷹駅(東京都)。節電のため電気が消えている。
2011年4月24日撮影。


山形駅の案内板。いたるところで不通区間があり、東北新幹線の福島―盛岡間も運行されていなかった。
2011年4月17日撮影。

 

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