353. 悩む力
(注)この記事には、約16年前の私がブチギレる描写が含まれます。ご注意ください。
今からちょうど20年前の2005年1月1日、当時勤務していた病院で日当直をしました。その病院の医局で待機中、本棚を眺めていたところ、気になった書籍を見つけました。「悩む力 べてるの家の人びと」(斉藤道雄・著、みすず書房)1)。過疎化が進む北海道浦河町にて精神障がい者を中心に商売などの活動を続けている、「べてるの家」に関する著書です。
★「べてるの家」の詳細につきましては、13話、14話をお読みください。
その本を見て、ちょうどその前の月、病院主催の忘年会に参加した時に、ソーシャルワーカーさんから、「べてる」に関するお話を伺ったのを思い出しました。
「先生、『べてる』って知っていますか?先日そのイベントに参加したんです。そこでは、幻聴とか妄想の内容を披露してグランプリを決める『幻覚&妄想大会』というものもやっているそうですよ」。
当時、医療現場では「幻聴や妄想の内容を話題にしてはいけない」という考え方が強かった時代でしたので、そのお話には大変衝撃を受けたのでした。幸いこの元日、病棟内は急病などなく平穏だったため、早速この「悩む力」を読むことにしました。
この著書は、「べてるの家」の人びとの日常を描いたドキュメンタリーで、精神障がいをもつメンバーが町に出て商売をすること、自らの病名や症状を周りに公表すること(注:最近では当事者自身が病名や症状について語ることは珍しくなくなりましたが、当時はまだまだ医師などから病名などの十分な説明や告知はあまりなされていない時代でした)、そして自らの苦労を医師などの医療従事者に丸投げするのではなく、自分自身で「悩む力」を取り戻すような取り組みをしていること(それゆえ「べてる」の周辺では数々の問題が日常茶飯事のように起こるのですが)などが書かれており、当時「隔離収容型」と呼ばれているような古い体質の医療機関に勤務していた私にとって、このような世界もあるのかと非常に驚いたのでした。
この著書がきっかけで「べてる」に興味を抱くようになり、「べてる」の関連書籍を次々に読むようになりました。「べてる」では、精神症状の一種である幻聴を「幻聴さん」と名付けるとか、症状を単に駆除していくのではなく、いかに付き合っていくか模索するという考え方(ここら辺は森田療法に類似していると考えます)で、自らの悩みを自分自身や仲間と一緒に研究していく「当事者研究」も盛んであることも知りました。このような「べてる」の取り組みが非常に斬新的と思うようになり、いつのまにか、「べてる」のファンになっていったのでした。各地で開催される「べてる」のイベントにも参加するようになり、ますます「べてらー」(「べてる」のファンのこと)になった私は、いつかは北海道浦河町の「べてるの家」に見学へ行ってみたいと感じるようになりました。
そして、2009年に長い休みを確保して、「べてるの家」の見学が実現しました。今は廃止されたJR日高本線で浦河入りし、当日は、「べてる」で日常的に開催されるミーティングやSST(Social Skills Training、社会技能訓練)、昆布作業の様子などを見学させていただきました。とにかく、精神障がいをかかえた「べてる」のメンバーたちは非常に元気がよく、とても感動いたしました。それと同時に、今まで自分が実践してきた医療とのギャップを感じ、「今まで自分がやってきたのは何だったのだろうか?」と疑問に思うようになりました。
実際「べてる」見学から帰ってきて、病院での仕事を再開してから、そのような気持ちが強まり、大変苦しくなりました。私のPHSに病棟職員から「~さん(患者さんの名前)が・・・なので指示を出してほしい」などという通知を受け続け、それに医師である私が対応していくのに、嫌気がさしました。そしてついに「患者さんの苦労を何で私がひとりで引き受けなければならないんだ!」と大爆発して、PHSを破壊してしまいました。「べてる」の名言に「べてるに来れば病気が出る」というものがありますが、まさしくその通りになりました。もちろんその後、病院の物品を破壊したことに罪悪感を抱き、上司である院長先生に謝罪しております。
その翌年以降も、「べてる」で年1回開催される「べてるまつり」にたびたび参加し、これまで計6回「べてる」に伺っております。浦河への最近の来訪は2018年の当院開業直前の時期であり、その様子はこのブログの13話、14話で記事にしています。またいつかは浦河への7回目の来訪をしたい気持ちがありますけれども、開業医として多忙ということもあり、なかなか実現できていません。
今年2025年、私が「べてるの家」に出会ってちょうど20年になります。最近では、べてるで盛んにおこなわれている「当事者研究」を当院の医療で取り上げるのも面白いのではと感じております。このためにまずは、私自身が自らの「いきづらさ(?)」について当事者研究をして、研究結果をどこかで発表する機会があれば・・・と考えているこの頃です。
1) 「悩む力 べてるの家の人びと」(みすず書房ホームページ)
https://www.msz.co.jp/book/detail/03971/
★次回の更新は、1月10日(金)の予定です。