メニュー

89. 吃音を茶化したVTR

[2020.01.24]

 先日ツイッターをチェックしていたところ、次の内容の投稿を見つけました。

「Mさん、吃音(きつおん)やどもりを茶化すのはやめたほうがいいです」(注:実際の投稿には実名が書かれていますが、この記事ではイニシャルにします)。

 そのツイートには動画も添付されていました。某アイドルグループのメンバーであるMがネットにて配信した無観客ライブを抜粋したものです。音声をオンにして見てみました。Mが「VTRをご覧ください」といった後、VTRに切り替わります。頭にバンダナをしてサイリウムを複数持っていて、リュックを背負っている、いわゆる「おたく」姿のMが登場しました。そして、わざとらしく「みみみ・・みなさんこんばんは」などと「どもり」をつけて喋っていました。しかも「ご丁寧にも」セリフのテロップもつけています。

 この動画を見て、正直私は気分を害しました。

 実は私も、幼少期から吃音で悩んできました。小学生時代、同級生からは私の吃音について散々馬鹿にされ、しかも授業中に担任教諭から「石川はどもっていて、何言っているか全くわからねぇんだよ!」と説教されました。それにはたいへん傷ついたものです。また大学での臨床実習でレポートを音読している際もどもりが続いてしまい、実習メンバーから「なんでレポートできちんと喋れねぇんだよ!」と言われました。とても嫌な気分になりました。

 ここからは、吃音の当事者で、現在吃音外来にて診療されている、菊池良和先生(九州大学病院耳鼻咽喉・頭頸部外科助教)のご著書1)2)やご発言3)を引用します。吃音の主症状として、連発(ぼぼぼぼくは・・・)、伸発(ぼーーーくは)、難発(・・・・ぼくは)の3種類あります1)。吃音は2~5歳児の20人のうち1人の割合で発症します。発症して3年で、男児の約6割、女児の約8割が自然回復し、小学校入学時には100人に1人に割合が減少します1)。しかしながら、吃音のお子さんが学校でからかわれ、いじめられ、学校へ行きたくないと不登校に至るケースもあり、菊池先生の吃音外来では受診する中高生の約3割が不登校とのことです3)。社会人になったのちも吃音で悩む人は少なくありません。会議などで上手くしゃべれず、職場に適応できなくなりうつ病を発症し、しまいには職場から退職を迫られるケースもあるそうです2)

 吃音は単なる癖や、かむこと(言い間違え)では決してありません。言語障害、神経発達症(発達障害)に相当するもの1)とされています。実際に我々精神科医が用いるDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版、米国精神医学会刊行)にも、「小児期発症流暢症(吃音)」が掲載されています4)。吃音はきちんとした疾患であり、障害であるということです1)。更には、2016年に我が国で「障害者差別解消法」が施行され、吃音もこの法律の対象となりました2)。吃音はこの法律に基づき、差別の禁止と合理的配慮の提供を受ける権利があります1)(合理的配慮の詳しい事例につきましては、菊池先生の1)の文献にたくさん掲載されています)。

 このように、法的には吃音に対する配慮がなされ、最近では吃音について啓発する内容のテレビ番組が放映されるようになりました。私の幼少期に比べれば少しずつ吃音についての理解が広まりつつあります。しかしまだまだ吃音に対する差別などが続いているのが現状ではないでしょうか。先述のアイドルMらは、吃音の当事者の苦しみをまったく理解せず、むしろ奇抜な格好をして、わざとどもる口調でしゃべって、視聴者を笑わせてやろうという考えでこのようなVTRを制作したのではと疑念を抱いてしまいます。このVTRは、吃音の当事者が大変傷つく内容であり、しかも吃音の更なる差別や偏見を助長する恐れもあります。制作者の誰かが、Mの「どもり」をやめさせることはできなかったのでしょうか?

 Mやその関係者に対し強く抗議いたします。

 

【引用文献など】

1) 菊池良和:吃音の合理的配慮.学苑社,東京,2019.
2) 菊池良和:吃音の世界.光文社,東京,2019.
3) NHK Eテレ ウワサの保護者会「気づいて!きつ音の悩み」 2019.12.28放送
4) 日本精神神経学会 日本語版用語監修,髙橋三郎 大野裕 監訳,染矢俊幸 神庭重信 尾崎紀夫ら訳:DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引き.医学書院,東京,2014.

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME