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288. 私の「ひとくち森田」集

[2023.10.13]

 当院では、森田療法の考え方を用いた診療をおこなっております。診察の中で、森田療法的な考え方をお伝えするために、短い「森田療法ワード」すなわち「ひとくち森田」をお話しすることがあります。
 今回は、その中で私がよく用いる「ひとくち森田」について6つご説明いたします。

このページで掲載したスライドは、9月の北海道森田療法研究会の講演(285話)の際に使用したものです(一部修正した箇所もあります)。

 

・~という感情になるのは自然ですね。

 「感情はお天気と同じように自然なものだ」。これは森田療法の重要な考え方です。巷では、「ネガティブ思考をやめてポジティブ思考にしましょう」などと、ポジティブ思考信奉が流行っていますけれども、森田療法では感情の良し悪しで価値判断することは一切しません。その感情について自らを責める必要は決してないということです1)
 私は高校時代、試験の結果が悪いとひどく落ち込んだものです。それに対し、「落ち込むのはいけない、もっと堂々としなければだめだ」と思い、気持ちをコントロールしようとしましたが、うまくいきませんでした。その結果、「気持ちが変えられないのは、自分が精神的に弱いせいだ」と感じ、ますます落ち込んだものです。もし現代にタイムマシーンがあれば、私は高校時代にタイムスリップし、当時の私に次のことを言いたいです。
 「試験で悪い点を取ると落ち込んでしまうよね・・・。この感情は自然なものなんだ。だから落ち込んでしまってもいいし、落ち込むことに対し自分を責める必要はない。しかし、試験の結果がよくなかったのは事実だから、間違えたところを必死に勉強して、次の試験ではよい点数を取ろう」

 

・感情はお天気と同じで、変化していくものです(このような辛い感情がずっと続くことはあり得ません)。

 森田療法に「感情の法則」というものがあります(27話28話)。

その中で私が最も用いるのは、「1」です。

1.感情は、そのまま放任し、またはその自然発動のままに従えば、その経過は山形の曲線をなし、ひと昇りしひと降りして、ついには消失するものである。

 つらい気持ちがあったとしても、時間とともに自然に変化していくものです。逆に宝くじで1等が当たったときは、とても喜ばしい感情になりますけれども、その気持ちが一生続くことはありません。それと同じことです。診察で患者さんから、「このようなつらい気持ちはどうすれば変えられますか?」と伺うことがあります。その際に、この「ひとくち森田」を出すようにしています。

 

・腹が立った時には、3日考えて然るのち断行せよ。

 これは、森田療法版アンガーマネジメントともいえるものです。もともとは、森田療法の創始者・森田正馬先生の地元である土佐(高知県)の武士の教訓にあったものとされています。30話「腹が立った時の対処法」で詳述しておりますが、ここでもう一度おさらいしておきます。
 腹が立った時は、森田では怒りを鎮めなさいということは一切言いません。腹が立ったらそのままじりじり腹を立ててよい、ただし実行に移すまで3日待ちなさいというのです。大したことのない怒りであれば数時間で気持ちがおさまることがよくあります。一方、3日つづく怒りであれば余程のことなのだ、ということなのです。

 

・感情に責任はないが、行動には責任はある。

 先述した通り、感情そのものは自然なものでありますので、自ら責任を負う必要はありません。一方、自分で起こした行動には責任を伴うというものです。感情は自分の意志でコントロールできませんが、行動は自分の意志によりある程度コントロール可能1)というのが森田療法の考え方で、「気分と行動は別」というキーワードを出すこともあります。
 当院では時折、「加害恐怖」に関するご相談をいただくことがあります。加害恐怖とは、「相手に危害を加えてしまったらどうしよう」と不安になるもので、例えば「駅のホームにいる人を突き飛ばしてしまったらどうしよう」と悩むケースがそれに相当します。これに対し、私は次のことを申し上げます。「感情は自然なもので、このような感情を抱くこと自体はあなたの責任ではありません。しかし、それを行動に移してしまった場合にはじめてあなたの責任になるのです。気持ちと行動は別。そのような気持ちになっても行動に移さなければいいのです」。

 

・症状を取ろう取ろう(トロウ)とすると、徒労(トロウ)に終わる。

 これは、北海道・千歳病院の芦澤健先生2)が良く用いられるお言葉で、私も好んで使わせていただいております。精神科では、他の診療科で詳しく検査をしても原因が分からない身体症状の患者さんを診察することがよくあります。患者さんの中には、その身体症状を何とか無くそうとして、様々な薬を服用したり、治療法をネット検索したりと努力をしてしまうことで、かえって、その症状に注意が集中→症状に敏感になる→視野狭窄→ますます注意が集中・・・という悪循環に陥ってしまうこともあります(これを森田療法では「精神交互作用」と呼んでいます)。症状を排除しようとして逆に症状を強めてしまうことを指摘する時に、この言葉が便利です(テンポも良いですし)。

 

・人間は身体の症状を気にしてしまう動物です。気にするのは決して悪くない。おおいに気にしましょう。

 「重大な病気にかかっていたらどうしよう」と心配し、些細な症状を気にして、あちこち病院を受診(いわゆる「ドクターショッピング」)するケースがあります。それに対したいていの治療者は「検査ではどこも悪くありません。気にしすぎです。気にしてはいけません」ということが多いと思います。しかし、森田療法では真逆のコメントをすることがあります。「病気にかかったら」という不安は、「健康でいたい」という欲望(欲求)の裏返しであり、自然な感情だからです。私は次のようにお話しするようにしています。「どうしても人間は身体のことを心配してしまいますよね。それはおおいに気にして良いと思います。とはいえ、様々な医療機関を受診してしまうと、お金や時間がかかってしまい、もっとやらなければならないことが犠牲になってしまいます。もう少しそちらの方にエネルギーを向けていきませんか?」

 

(注)森田療法は通常、いわゆる神経症性障害(不安症、強迫症、パニック症、身体症状症など)に対して効果を上げるとされています。一方で、うつ病、双極症、統合失調症などの急性期のケースには通常適応にはなりません。特に、強い抑うつ状態や統合失調症にみられる不安は病的なものであり、「感情は自然である」という考え方に反するからです。このようなケースには、薬物療法を用いるなど、適切な対応が必要です。とはいえ、薬物療法を長く用いても遷延したうつ病に対して、森田療法が応用可能なこともあるとされています。

 

【文献】
1) 生活の発見会:改訂版(A)森田理論学習の要点
2) 芦沢健:依存症治療における森田療法の効用~治療者にとっても患者にとっても,とっても役に立つかもしれない.日本アルコール関連問題学会,18:2-5,2016.

 

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